京都地方裁判所 平成2年(行ウ)11号 判決 1997年1月17日
主文
一 本件各訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、京都市に対し、連帯して三四〇万円及びこれに対する被告今川正彦は平成二年五月一二日から、被告森脇史郎は同月一一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 請求の類型
本件は、京都市の住民である原告らが、別紙公金支出目録記載の各公金支出(以下「本件各支出」という。)が違法であると主張して、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項四号の規定に基づき、京都市に代位して、被告らに対し、本件各支出金額に相当する損害賠償金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である被告今川正彦について平成二年五月一二日から、被告森脇史郎について同月一一日から、それぞれ支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた住民訴訟である。
二 前提事実(争いがないか又は認定が容易な事実)
1 当事者
(一) 原告らはいずれも京都市の住民である(争いがない)。
(二) 本件各支出当時、被告今川正彦(以下「被告今川」という。)は京都市長の、被告森脇史郎(以下「被告森脇」という。)は京都市民生局同和対策室長の各地位にそれぞれあった(争いがない)。
2 本件各支出の存在
(一) 別紙公金支出目録記載のとおり、各支出決定(以下、右各決定を「本件各支出決定」、同各決定に係る文書を「本件各支出決定書」という。)及び各支出命令(以下、右各命令を「本件各支出命令」、同各命令に係る文書を「本件各支出命令書」という。)が行われ、これに基づいて、京都市から、被告森脇に対し、合計三四〇万円の支出(本件各支出)がなされた(争いがない)。
(二) 本件各支出決定書及び本件各支出命令書には、科目 款:民生費、項:民生総務費、目:民生事業費、節:報償費の各記載がある(争いのない事実、甲1ないし6)。
本件各支出決定書には、右に加えて、それぞれ次の記載がある。
種別 同和対策費
支出理由 同和行政の円滑な推進をはかるため、同和対策事業を実施する上で、特に必要な経費として支出するもの。
(争いのない事実、甲1、3、5)
(三) 本件各支出決定はいずれも当時京都市民生局長であった中谷佑一が行い、本件各支出命令はいずれも当時京都市民生局社会部庶務課長であった折坂義雄が行ったものであるが、同人らは、京都市の局長等専決規程に基づき、それぞれ右の専決権限を有していたものである(争いのない事実、甲1ないし6、乙1)。
3 監査請求及び監査決定
(一) 原告らは、平成二年三月七日、京都市監査委員に対し、本件各支出に関して法二四二条に基づく住民監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした(争いがない)。
(二) 京都市監査委員は、同月三〇日、本件監査請求を却下する決定をした(争いがない)。
三 争点
1 本案前
(一) 本件監査請求が監査請求期間の経過後に行われたことについて、法二四二条二項ただし書所定の「正当な理由」があるか。(争点1)
(二) 被告森脇の被告適格(争点2)
2 本案
(一) 本件各支出の違法性(争点3)
(二) 本件各支出に対する被告らの責任(争点4)
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(法二四二条二項ただし書所定の「正当な理由」該当性)について
1 原告ら
本件監査請求は、本件各支出のあった日又は終わった日である昭和六三年一二月一四日から一年以上を経過した平成二年三月七日に行われたものであるが、監査請求期間を経過したことについて法二四二条二項ただし書所定の「正当な理由」がある。
(一) 一般に、形式的には公然と行われた予算内の支出行為であっても、これが違法・不当なものであって、そのことが隠蔽されている場合は、当該支出行為は秘密裡になされたものということができ、これに対する監査請求が法二四二条二項本文所定の期間を経過してなされたとしても、直ちにこれを不適法ということはできない。
本件各支出当時、住民に対して本件各支出の事実が公表されたことはなく、また、住民は、本件各支出決定書や本件各支出命令書を閲覧することはできない。しかも、本件各支出は、具体的な民生事業及びこれに対する報償費支払債務が存在しないにもかかわらず、内容が虚偽である会計文書(本件各支出決定書及び本件各支出命令書)に基づいて行われたため、その存在及びその違法・不当性が隠蔽されたものであった。
したがって、本件各支出は、住民にとって秘密裡になされたものというべきである。
(二) 原告らは、平成元年一二月一三日付けの京都新聞の報道によって初めて本件各支出の事実を知り、それ以前には相当の注意を払って調査したとしても、本件各支出の存在を知ることができなかった。
(三) 原告らが本件各支出の事実を知った日から本件監査請求をした日まで三か月近くが経過したが、その間には年末年始の休暇期間が含まれている。また、本件各支出は、行政内部の複雑な会計処理手続を巧みに操作して行われた違法なものであったため、これに関する資料を入手し、その事実を把握して違法な仕組みを理解し、法令、先例等の調査を含めた裏付け調査を行うために相当な時間を要するものであった。
2 被告ら
本件監査請求は、監査請求期間を経過してされたことについて、法二四二条二項ただし書所定の「正当な理由」がない。
(一) 本件各支出は、正常の行政事務の執行として公然裡になされたものであって、これに対する監査請求について法二四二条二項ただし書はそもそも適用されないものである。
(二) 仮に、原告らが平成元年一二月一三日に京都新聞によって初めて本件各支出の事実を知ったとしても、本件監査請求はそれから三か月近くが経過した平成二年三月七日に行われたものであるから、法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」があるとはいえない。
二 争点2(被告森脇の被告適格)について
1 被告森脇
被告森脇は、本件各支出について法二四二条の二第一項四号前段所定の「当該職員」に該当する地位にはなかったし、原告らは被告森脇が「当該行為に係る相手方」に当たるとの主張もしていないから、被告森脇に対する本件各訴えは住民訴訟の被告適格を有しない者に対する訴えとして不適法である。
2 原告ら
原告らは、本訴において、被告森脇を法二四二条の二第一項四号所定の「当該行為に係る相手方」として同被告に対し損害賠償の請求をしているものである。
三 争点3(本件各支出の違法性)について
1 原告ら
本件各支出は、以下の(一)ないし(三)のとおり、その原因となるべき支出負担行為が存在しないものであって、支出負担行為が法令又は予算に従ってしなければならないことを定めた法二三二条の三の規定に違反する違法なものである。
(一) 支出の必要性の不存在
本件各支出決定書には、支出理由として「同和行政の円滑な推進をはかるため、同和対策事業を実施する上で、特に必要な経費として支出する」との記載がある。しかし、その当時京都市において具体的な同和対策事業は実在せず、したがって、それに対し「同和対策費」を支出する必要性は全くなかったのである。右の支出理由は全くの虚偽である。
(二) 支出理由不特定
本件各支出決定書には、具体的な支出理由、期日、関係者、内訳、債権者が記載されておらず、本件各支出命令書も、同じく支出について具体的な特定を欠くものである。
このような本件各支出は、その実体において、使途の明示を必要とせず、相手方の領収書も不要で、使途についての事後的な報告も必要でない、いわゆる「つかみ金」「にぎり金」と呼ばれているものにほかならない。
(三) 使途不明瞭
(1) 本件各支出に基づく公金は、そのほとんどが地元関係者との会合に伴う飲食費に使用したとされているが、その会合に出席した人数、京都市側の出席者、地元関係の出席者、会合に要した時間、会合の目的や内容などが全く記録に残っておらず、関係職員の記憶にもないことからすれば、そのような会合が実在したかどうか疑わしく、京都市職員同士で飲食を行い、その費用を同和対策費として支出している可能性も否定できない。
(2) また、本件各支出に基づく公金は、喫茶店、料亭、カラオケスナックなどおよそ会合ができるような場所でないところの飲食費に使用されており、かつ、その領収書がないか又は領収書はあっても宛名が白紙か上様となっているものがほとんどである。しかも、右の飲食は、平日にほぼ毎日行われており、また、一日数回行われていたり、一回の飲食費が数万円から一〇万円を超えることも多い。
(3) さらに、本件各支出に基づく公金は、香典、樒代、餞別、みやげ代、ビール券代、粗酒料、贈答、結婚祝い、お見舞い、お供えにも使用したとされているが、これらの費用も誰のために使用したか一切明らかにされておらず、その記録もなく、関係した職員の記憶にもないことからすれば、実際に香典等の費用に使用されたかどうかを確認することができず、関係した職員が自己のため使用した可能性を否定できない。
2 被告ら
本件各支出は、支出決定に関する専決権限を有する京都市民生局長が支出負担行為機関たる京都市民生局同和対策室長に支出する旨の決定、すなわち支出負担行為を原因として、昭和六三年三月二五日に京都市議会において議決された昭和六三年度京都市一般会計予算に従ってされたものであるから、法二三二条の三の規定に違反するものではない。
(一) 原告らの主張(一)(支出の必要性の不存在)について
同和行政の実施にあっては、京都市同和対策室所属の職員が日常的に地元関係者と接触し、京都市の同和行政諸施策の説明を行い、また地元関係者から同和行政の推進に当たっての示唆を受け、情報の提供を受けるなどの折衝が不可欠である。京都市では、地元関係者との折衝を円滑にするために必要な軽易な飲食に要する経費や冠婚葬祭等に対する慶弔費等に充てるなどの経費を報償費として予算に計上し、その使途を社会通念上交際費と認められる支出の範囲内に限定して執行している。
(二) 原告らの主張(二)(支出理由不特定)について
右のとおり、同和行政の実際にあっては、京都市民生局同和対策室所属の職員と地元関係者との折衝が日常的に多数回にわたって行われていること、またこれが緊急に必要となる場合があることから、京都市民生局同和対策室長がその資金を包括的に受領し、出納の管理を行うこととした。そして、京都市民生局同和対策室長からの支出に当たっては、京都市の一般的な会計事務の例と同様に、正当な債権者からの領収書を徴することを原則とし、これによることができない場合には、支出額・相手方等について主管課長が確認し、支払証明書をもって領収書に代えるほか、帳簿を整備することにより収支を明らかにしている。これらの点からして本件各支出にかかる金員が原告らの主張するような「つかみ金」「にぎり金」といった類の金員とすることは当を得ない。
(三) 原告らの主張(三)(使途不明瞭)について
原告らが本訴において問題としている財務会計上の行為は京都市が被告森脇に対して公金を支出した行為(本件各支出)であるから、仮に、本件各支出後になされた個別の支払に違法事由があるとしても、そのような事後的事情が本件各支出の違法事由となることはあり得ない。
四 争点4(被告らの責任)について
1 原告ら
(一) 被告今川の責任
一般に、普通地方公共団体の長は、補助職員に対し包括的な指揮監督権限を有しているのであるから、補助職員が専決により財務会計上の行為を処理した場合であっても、同補助職員の財務会計上の違法行為については、当然にその指揮監督上の義務に違反したものとして普通地方公共団体に対し損害賠償義務を負うものである。
そうではないとしても、普通地方公共団体の長は、補助職員の違法な財務会計上の行為に対する指揮監督上の義務違反を推認させるに足りる外形事実が明らかにされた場合には、自らが適切に補助職員に対する指揮監督権限を行使したことを立証しない限り、普通地方公共団体に対する損害賠償義務を免れないものである。
本件において、被告今川は、本件各支出にかかる公金が「同和対策費」という名目で具体的な同和対策事業が存在しないにもかかわらず「報償費」という会計名目で行われた、いわゆる「つかみ金」「にぎり金」であるなどの実情を知りつつ、一括支出、使途不特定等の違法な支出状態を放置していたのであるから、この違法支出を指示し又は容認していたと推認される。
そうすると、被告今川は少なくとも違法な公金支出を行った補助職員の違法な財務会計上の行為を故意又は過失によって阻止しなかったのであるから、京都市に対する損害賠償義務を免れない。
(二) 被告森脇の責任
被告森脇は、違法な本件各支出に基づく公金をその使途等を認識しつつ自由な意思によって受領した者であり、違法な公金支出に係る相手方として京都市に対する損害賠償義務を負う。
2 被告ら
(一) 被告今川
本件各支出におけるように法二四二条一項に定める財務会計行為が権限ある補助職員により専決処理された場合には、普通地方公共団体の長は、同補助職員に対する個別具体的な指揮監督の懈怠があるとき、すなわち、長が自ら財務会計上の行為を行ったと同視し得る程度の指揮監督の懈怠があるときに限って、普通地方公共団体に対し損害賠償義務を負うにすぎない。
本件において、被告今川には補助職員である中谷佑一に対し右のような指揮監督の懈怠はなかったから、京都市に対して損害賠償義務を負うことはない。
(二) 被告森脇
被告森脇は、自己の自由な発意によって本件各支出に基づく公金を受領したのではなく、上司の指示(これは地方公務員法三二条所定の職務上の命令に該当する。)によりその受領を命じられたのであり、かつ、このような職務上の命令に従わざるを得ない立場にあったのであるから、被告森脇が京都市に対して損害賠償義務を負うことはない。
第四 争点に関する当裁判所の判断
一 まず、争点1(法二四二条二項ただし書所定の「正当な理由」該当性)について判断する。
普通地方公共団体の執行機関・職員の財務会計上の行為が秘密裡にされた場合、法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものと解するのが相当である(最高裁判所昭和六二年(行ツ)第七六号・同六三年四月二二日第二小法廷判決・裁判集民事一五四巻五七号)。
二 事実認定及び検討
1 まず、本件において、京都市の住民が相当の注意力をもって調査した場合、客観的にみていつ本件各支出を知ることができたかについて判断する。
(一) 証拠(甲11、12、14)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 平成元年一二月一二日、毎日新聞及び朝日新聞が「同月一一日開催の京都市議会普通決算特別委員会において、共産党京都市会議員団の阿美弘永議員が、昭和六三年度中に報償費名目で京都市民生局同和対策室長宛に三回に分けてなされた計三四〇万円の各支出は領収書等がなく使途を明らかにしないまま行われた不明朗な支出である旨指摘し、これに対し京都市の奥野康夫助役が、右各支出にかかる金員は京都市民生局同和対策室の職員が各地での折衝の際にコーヒー代等の交際費に使用されたものであるとの報告を受けた旨説明し、また、京都市が経費を支出するにあたっては領収書を必要とし今後は支出の方式を明確にしていく方針である旨言明した」旨の事実をそれぞれ報道した(甲ll、12)。
(2) 同月一三日、京都新聞が「同月一二日開催の京都市議会厚生委員会において共産党市会議員が、京都市昭和六三年度決算の中に報償費名目で京都市民生局同和対策室長宛になされた計三四〇万円の各支出は領収書等がないまま行われた不明朗な支出である旨指摘し、これに対し京都市の中村誠伺民生局社会部長が、右各支出にかかる金員は京都市民生局同和対策室の職員が折衝の際にコーヒー代等の交際費に使用されたものであり、これらの個々の支出は少額であることからそれぞれに領収書を徴することまでしなかった旨説明した」旨の事実を報道した(甲14)。
(二) 以上の事実に、毎日新聞及び朝日新聞が全国的に多数部購読されている新聞であり、京都新聞が京都府下及び滋賀県下において多数部購読されている新聞である旨の公知の事実を総合すると、本件において、京都市の住民が相当の注意力をもって調査した場合には、客観的にみて平成元年一二月一二日(遅くとも同月一三日)には本件各支出を知ることができたと認めるのが相当である。
2 次に、本件監査請求が、平成元年一二月一三日から相当な期間内にされたものといえるかどうかについて検討する。
(一)(1) 本件各支出は、右のとおり、各新聞報道の対象となったものであるから、これを特定することが困難であったとは認められず、かつ、その最小限の違法事由は、右各新聞報道に基づいて監査請求書に記載することが十分可能である。
(2) 法二四二条一項は、住民監査請求に際して、違法又は不当な財務会計行為の存在を証する書面の添付を要求しているが、右の証する書面は、右の違法又は不当な財務会計行為の存在をより具体的に明らかにすると監査請求人が考える資料であれば足り、特別の形式は不要であって、新聞記事の切り抜きでも足りる。
(3) 他方、本件監査請求については、原告ら名義の京都市職員措置請求書が、原告上田勝美に関しては平成二年一月二〇日付けで、その余の原告らに関しては同年二月一七日付けでそれぞれ作成されている(甲7(枝番号を含む。))。
(4) また、本件監査請求については、原告ら代理人加藤英範作成名義の事実調査報告書が、平成二年二月一七日付けで作成されている(甲8)。
(5) 右の点に、行政不服審査法一四条一項が、審査請求期間を原則として処分があったことを知った日の翌日から起算して六〇日以内と規定していることをも考え合わせると、本件において、原告らは、遅くとも平成元年一二月一三日からほぼ二か月後であり、原告らの京都市職員措置請求書等が完成した平成二年二月一七日の直後ころまでに本件各支出の監査請求をするべきであったといわざるを得ない。
これに対し、原告らは、「相当な期間」の判定に際して、年末年始の休暇期間が含まれていること、本件各支出の仕組みを理解し裏付け調査を行うために時間を要することを考慮すべきである旨主張するが、右に説示した理由により採用できない。
(二) そして、本件監査請求が平成二年三月七日になされたものであることは、当事者間に争いがなく、請求が右(一)(5)項説示の期限を経過して行われているから、本件監査請求は、客観的にみて京都市の住民が本件各支出を知ることができた時(前記1(二)項説示の時)から相当な期間内にされたものとはいうことはできない。
3 結び
そうすると、本件監査請求が、法二四二条二項本文所定の監査請求期間を経過して行われたことについて、同項ただし書所定の「正当な理由」があるとはいえず、本件監査請求は不適法であるといわざるを得ない。
第五 結論
したがって、本件各訴えは、適法な監査請求を経ておらず、法二四二条の二第一項、二四二条一項所定の監査前置主義に違反するものとして不適法であるから、これらをいずれも却下することとする。
(別紙)
公金支出目録
<省略>
(注) 月日はいずれも昭和六三年に属する。